La Défécation:酵素と澱引きについて

酵素の使用

シードル生産用に販売される 酵素 PME(Pectine Méthyl Estérase)ペクチンメチルエステラーゼは、 菌類 「Aspergillus niger クロコウジカビ」「Aspergillus wentii」からつくられる酵素で、フランスでは “BIO”認定されており、Biologique(オーガニック)製品にも使用できる。 PMEは、主にブルターニュやノルマンディーで使用され、その販売は、需要のある期間に限られる。 近年、スペイン・アメリカ・カナダ等の生産者の中には、伝統製法によるサイダー・シードルをつくるために、フランスで市販されるPMEを使用するケースも増えてきたという。

酵素は、通常、カルシウムと組み合わせて使用される。 果汁の温度は、約10℃(Min8℃〜Max12℃)でなければならない。 温度が高いと、酵母  Saccharomycesがより活動的となり、低いと酵素の反応はとても遅くなる。

酵素の添加について、いくつかの方法が紹介されている。

1. リンゴをプレスし、 タンクに果汁が10%入った時点で、PME (7ml/hl)を加え、残りの果汁を注ぐ。 その日の終わりによく攪拌。 48時間後、カルシウム (50ml/hl)を添加。 あるいは、タンクに果汁が10%入った時点で、PMEとカルシウムを同時に加える。

2. 果汁をタンクに注ぎ入れる時に Pectine Estérase Concentrée (4ml/hl)を加え、満杯になったらテストをする。 テストは、果汁 1Lに、520g/LのChlorure de Calcium 塩化カルシウム溶液 0.9mlを加えて攪拌 (2分間)。 透かし見て、 「粒子のかげり」「着色」「半透明の粒状物」など、 ペクチンが凝固しているかを確認。 陽性なら、タンクにカルシウム (90ml/hl)を加え、強く攪拌する(10~20分間)。 もし、確認できない場合は、 3、6、12時間後、 同様のテストを繰り返す。

酵素を使用することで、安心してデフェカシオンを行うことができるが、 発酵スピードの上昇・酵素に由来する臭いという点で、 自然な方法によるデフェカシオンよりも品質は劣るといわれる。

*PME・ピュアカルシウムの添加には、法的な上限濃度がある

澱引き Soutirage

デフェカシオン後の澱引きは、タンクの底の沈殿物とシャポーブランの間に存在する澄んだ果汁を 別のタンクに移し替える工程。 最適なタイミングで実施するための、手掛かりとなる判断材料が示されている。

*シャポーブランの様子

プレスされた果汁によって満たされたタンクは、次第にシャポーブランの上昇が始まり、徐々に厚さを増し、ピークを迎える。 その後、僅かにシャポーブランは縮み、タンクとの隙間が 1cm~1.5cmほどになった時が、澱引きのベストタイミングとなる。 それを過ぎるとシャポーブランは崩壊。

*比重の変化

2日おきに比重を計測し、1~2ポイント減少した時が、澱引きのタイミングとなる。 (その時点で、適切にシャポーブランの上昇が行われていれば、果汁中にペクチンは無いと判断)

*果汁の濁り

プレス後、シャポーブランの上昇に伴い 果汁の濁りは減少、清澄のピークを迎え、僅かな安定期間がある。 そして、その安定期から1~2日間が、澱引きに最適なタイミングとなり、 酵母の増殖により、果汁の濁りが少しずつ増加し始めた頃が、それにあたる。

確認方法は、試験管に果汁を取出し、冷蔵庫に入れて果汁温度を調整(試験条件を一定にするため)。 毎日、それを写真撮影し、濁りの変化を比較。 一度クリアになった果汁が、再び濁り始めた1~2日間(果汁温度による)に澱引きをする。

*アルコールテスト

テストは毎日行い、ペクチンの反応を確認。 ネガティブになったら、澱引きを実施する。 (ネガティブの時点で、果汁温度が15℃なら、直ちに澱引きをしなければならない。 8℃~10℃の場合、すぐに実施するのはまだ早い)

デフェカシオンの推移例


シャポーブランの厚さ
0cm0cm0cm5cm10cm15cm12cm12cm0cm
ピーク澱引き澱引き崩壊
タンク注入安定期
クリアな果汁
酵母増殖
濁り始め

FA開始

2022.4.11 Ko HAYASHI


Photo:Rue Claude Monet GIVERNY 2007.9. ジヴェルニー Giverny は、 ノルマンディー東部のセーヌ川流域にある村で、印象派の巨匠 クロード・モネ Claude Monetが晩年を過ごした場所として知られる。 彼がここに移住したのは、 偶然、 列車から見た、この村の景色に魅了されたからだという。 モネの作品の景色に出会えるこの村では、 何気ない光景さえも、「絵」なってしまうように思えた。