リンゴの種は新たな品種をもたらし、果実栽培の歴史の中で、農家は際限なくそれらを増やした。 結果として、フランスには、とても多くのシードルリンゴや西洋梨の品種が存在し、それらは様々な研究を経て、選択・整理されてきた。 品種の選抜にあたっては、当初、経験にもとづいたやり方で行われ、後に、研究者によって 糖・酸・タンニン量などの数値を根拠に改善され、推奨品種リストの作成に至る。
1589年 Jacques Cahaignesによって、ノルマンディーで栽培されていたシードルリンゴの樹 Pommiers à cidre 65品種が選定され、19世紀初頭には Odolant Desnosが300種を示し、それ以降、この数字は著しく増加する。 このような品種選抜の作業でいつも議論になるのは、新しく生まれたリンゴや接木もされなかった多くの品種についての検討だった。
1840年頃、ノルマンディー・セーヌマリティーム県の農業協会 La Société d’Agriculture de la Seine-Inférieure は、古くから存在する膨大な数の醸造用品種の衰退という課題に携わっていた。当時、その協会では、栽培者に情報提供する目的で、排除するべき品種・普及するのに値する品種についての研究が急務だとしていた。 1846年 そうした取り組みは実を結び、選定された樹木のコレクションが、初めてルーアンの植物園にて接木され、181種のリンゴと128種の西洋梨について、シノニム(品種の別名)の整理や地理的な分類を確立。
1862年 / 1863年には、シードル用果実の大きな展示会が開かれ、 1864年 シードル用果実の研究会議の開催。それ以降、ノルマンディーにおいて、果樹園を構成する栽培品種の検討は科学的なものとなり、 研究会議は、1864年 ノルマンディーのカン、1865年 ブルターニュのレンヌ、1866年 アランソン、1867年 ボーヴェ、1868年 サンロー、1869年 バイユー、1870年 イヴトにて 開催。 1872年 会議の理事会は、シードルと醸造品種について、全ての作業をまとめるための研究は十分進んだと判断。 1875年 ルーアンにて Boutteville / A. Hauchecorneによる “LE CIDRE” が出版される。
近年では、 1967年 シードル用果実・シードル生産委員会 La comité des fruits à cidre et des productions cidricoles は、48品種のリストを法令によって作成。さらに、IFPC フランス シードル生産研究所 Institut français des productions cidricoles は、ウイルスフリーの50品種を保護・保障し、主要な醸造品種のデータを記述した資料を整え、 それらは公認の種苗会社によって量産される。
とても興味深いのは、今から約150年前に書かれた本の結論。 “LE CIDRE” の結びの文章が、フランスのシードルリンゴ名鑑に紹介されている。
『我々の初めてとなる、 果汁成分や比重についての研究が明らかにしたのは、 私たちのシードル用果樹は、いくつかは例外的に豊潤であったにもかかわらず、 数を増やすことを避けるべき多数の欠陥品種でいっぱいで、 緻密な精査に基づく選定なしに、種から新しく得られるリンゴの品種は 平凡な製品(を製造するための原料として)以外に出番はなく、 優れた古い品種が接木された樹のものよりも常に劣る』
2021.5.4 Ko HAYASHI
Photo:La tour Eiffel PARIS 2013.2. 観光地の売店に並んでいる、ベタなお土産が大好評だったりする。 そして、後になってから 「自分にも買っておけば良かった」 と後悔。